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”自分の行いは、自分に返ってくる”を実感した話

“自分の行いは、自分に返ってくる” を実感した話 ココロの悩み

こんにちは、ムラヨです。

タイトル通りのことを身をもって体験したことがあったのですが、ここ数年すっかり忘れてしまっていたので、自分自身への戒めとして書いていきます。

もしあなたが今、周りの人が非協力的で困っているなら、読み進めて欲しい

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フリーター時代の私

20歳頃のカラオケ屋さんでバイトしていた時の話です。

最初の1年くらいはパチ屋の遅番(16時~24時)→カラオケ屋の遅番(25時~30時)と忙しくしていました。
その頃はあまりシフトの協力とかできなかったけど、パチ屋を辞めてカラオケ屋1本になってからは勤務時間を22時~30時に時間を延ばし、勤務日数も増やしました。

深夜帯は大学生バイトが多くて、たまに「シフト変わって下さい(>人<;)」と言われることもあり、フリーターだった私は予定がなければシフト変わったり、勤務時間変更の対応してたんですよね。

逆に、私に急遽予定が入ってしまった際には、シフトを変わってもらうこともありました

持ちつ持たれつってやつですね(^^)

同じくフリーターだった男の子

そして同じ遅番帯にSさんというフリーターの男の子がいました。

彼は最初に出来上がったシフトの休みの日に、シフト変わって欲しいと頼まれても絶対変わることはしませんでした。

皆は予定ないんだから変わってくれたらいいのに…と思ってましたが、実際に予定があったのかもしれませんし、そこは今となっては分からないのですが。

そんなある日、Sさんがシフト上で出勤になっている日に予定が入ったようで、皆にシフト変わって欲しいと願い出るも、誰も変わるよとの声があがることはありませんでした。
その日結局どうなったのか記憶にない(^^;

(私はというと、そもそも出勤予定だったので変わりようもなかった)

自分の行いが、そのまま自分に返ってくる

もう、おわかりですよね。

Sさんには、それまでの自分の行いが、そのまま自分に返ってきたんです。

20歳頃の私は、その様子を見てしみじみと”自分の行いは、自分に返ってくるんだなぁ”と思ったものです。

 

よくある言葉でいうと因果応報ってやつですかね?

人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ。▽もと仏教語。行為の善悪に応じて、その報いがあること。現在では悪いほうに用いられることが多い。「因」は因縁の意で、原因のこと。「果」は果報の意で、原因によって生じた結果や報いのこと。

因果応報 の意味・使い方|goo辞書:三省堂 新明解四字熟語辞典

 

心理学だと、返報性の原理が近いのかな?

人は他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くが、こうした心理をいう。

返報性の原理|Wikipedia

あからさまに恩着せがましくすると、それはそれで反感を買いそうでよろしくないですが…
周りに協力的にしていれば周りも助かり自分自身も助けてもらえる可能性が上がり生きやすくなるんじゃないかなと思います。

過去の自分を考えてみた

私の話で恐縮ですが、以前にイライラしたという記事を書きました。

 

自分の行いは、自分に返ってくると考えると、過去の自分にも至らない点がいくつもあったのだろうと反省しました。

入店してくるお客さんの目線にイラいてたのは、私自身が無意識にイヤな目線でお客さんの方を見てしまっていたからかもしれないな…とかね(・_・;)

おわりに

過去の私の経験から、自分の行いは自分に返ってくるんだよということを書いてきました。

冒頭にも書きましたが、今あなたが周りが非協力的で困っているなら、自分の行動を思い返してみてはいかがでしょうか。
もしかしたら自分自身に原因がある可能性もあります。
ただ、あなたに非がなくても非協力的な人も中にはいるので、頭の片隅にでも置いておいてもらえたらと思います。

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